中国新聞 2024/11/16 リーバイスの創業が1853年、江戸時代ペリーが浦賀に来航した年でした。1873年(明治6年)アメリカでのジーンズ誕生の年と言われています。1890年(明治25年)501が誕生しました。それから40年後が昭和5年(1930年)上記の文書が書かれた年である。 明治後期に井原で生産された備中小倉は、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、中南米、中近東、欧州各国に神戸の地から輸出されておりました。特に第一次世界大戦による「大正バブル」の時期に、海外への販路は大きく拡大しました。当時の日本の輸出用小倉織りの約6割が岡山県産であったとされています。特に藍がガラガラヘビや毒虫除けになると信じられていたため、中南米などでも需要が高かったようです。井原の会社も神戸の輸出商社等との取引があり、米国のデニム情報が同じようなものを生産してる井原に入って来ててもおかしくないと思われます。戦前から「デニム」と言う言葉は井原に存在していたのですね。これまでの戦後からという定説が崩されたのです。 昭和5年11月14日から16日まで、福山市、現平成大学あたりを中心にした神辺平野で秋の陸軍大演習が行われ、昭和天皇が正戸山に行幸(御幸とも言う)された。この行幸を契機として「岩成村」から「御幸村」へと村名変更が行われた。白馬に乗馬されてるのが昭和天皇。 大演習の中心は福山市岩成村であったのだが、岡山県下の演習と記されている。